インドにおいては、紀元前3000年前からすでに

黒胡椒

クローブ

などの香辛料が使用されていました。紀元前1200年頃には古代エジプトの文献に

スリランカ産のシナモン

が献上されたとの記録も残っています。古代エジプトでは、死後の魂の復活が信じられ、ミイラが盛んに作られました。その際、誇り高く神秘的な香りをもち、防腐作用のある

クローヴ・クミン・シナモン

などを利用しました。

その後はインドもしくはマレー半島から、陸・海のシルクロードを渡ってヨーロッパへ広まったとされています。しかし、ローマ帝国の滅亡、イスラム勢力の勃興、十字軍など東西交流を難しくさせ、またシルクロードの長く危険な道程を経てヨーロッパに運ばれていたということもあり、中世ヨーロッパでは香辛料は大変珍貴なものとなった。貴重な香辛料をふんだんに使えることがステータスを誇示する事となり、王侯貴族の会食料理は過剰なまでに香辛料を使った料理へと発展し、香辛料が貴金属のように献上品としてやり取りされた。

ヨーロッパの人々の多くは、昔から肉や魚を多く食べていたが、内陸まで食材を運んだり冬期に備えたりするために肉や魚を長期保存する必要がありました。

クローブや胡椒

などには高い防腐作用があると考えられていたため、食材の保存には欠かせないものとなっていった(実際には胡椒の防腐作用は小さい)。

腐敗を防止する効能

により、その香りが病魔を退治すると信じられ、

として焚いて用いる用途も少なくなかった。さらに、水がそれほど豊富でない地域では、体の洗浄不足と肉食が相まって体臭が問題になり、このことによりさらに香辛料の強い香りを求める要因にもなりました。

中世になるとムスリム商人がインド洋における香辛料貿易を独占。ルネサンス期にはヴェネツィア共和国がエジプトのマムルーク朝やオスマン帝国からの輸入を独占していた。ポルトガルはヴェネツィアの香辛料独占を打破するために喜望峰(南アフリカ共和国の南に位置する岬)経由のインド航路を発見し、貿易を独占しようとした。

16世紀から18世紀、スパイスの産地の支配権をめぐって、ポルトガル・スペイン・さらにオランダ・イギリスが、モルッカ諸島やスマトラ島へ次々に参入し、激しい植民地争奪戦が各国入り乱れて繰り広げられました。国力を賭けて、時には血みどろの悲劇を生んだその嵐は、3世紀にわたって吹き荒れました。しかし、同時に取引きが盛んになるにつれ、数多くのスパイスが比較的安価で庶民の手にも入るようになりました。

近世には香辛料は各地で栽培されるようになり、貿易における重要性は薄れてしまう。近代のなるにつれて香辛料の使われ方も洗練されていき、ヨーロッパでの需要は減少に向かっていった。しかし、20世紀に入ると

アジア・ラテン料理

が世界的に普及し、香辛料の需要は急速に拡大しているであった。