平安時代、平安京には全国から豊富な肉・魚・野菜・果物・穀類が集められ、とてもたくさんの種類の食材を食べていたそうです。平安時代中期に作られた日本最古の辞書「和名類聚抄」によると、都への距離は遠く、基本的に干す・塩漬け・発酵など、保存食にしたものを運搬し、調味料で味付けして食べていたのだとか。

では、そういった食材にはどういった調味料が使われていたのでしょうか。平安時代の貴族に愛されていた調味料をご紹介します。

調味の基本は塩と酢

平安時代には、まだ出汁などの旨味成分を食材にプラスする発想はなく、醤油・味噌といった調味料が登場するのも江戸時代以降。平安時代の調味料といえば塩・酢、のちに醤油や味噌の原型となる醤(ひしお)・酒が基本となります。

しかしこれらは貴族や位の高い者が食べていたもので、庶民にとっての調味料は基本的に塩と酢。塩は海水を煮詰めて作り、改装を利用して作る藻塩も既に存在します。酢は柑橘系果物の絞り汁や酒を発酵させて作ったもの、そして梅干を漬ける際にできる梅酢を利用していたのだそうです。また、甘味料はこの時代は非常に高価で、砂糖はまだなかったため、ツタの樹液を煮詰めた甘葛(あまづら)や水飴といったものを利用していました。

貴族たちの食事は、銘々膳に塩・酢・酒・醤の4つの調味料を入れた小皿・四種器(よぐさもの)を並べ、調理された食材を各自好みの味付けに調味し、食べていたようです。

味噌と醤油の元となる調味料・醤(ひしお)とは

貴族の食事の調味料・四種器のひとつである「醤」は、魚や穀物を発酵させて作った調味料です。その歴史は古く、縄文時代末期にはのちの醤につながる調味料が発見され、奈良時代の文献ではじめて「醤」という言葉が登場します。

醤が本格的に利用されるようになったのは、この時代に中国や朝鮮半島から醤の製法が伝えられてから。しかしこの頃の醤は固形だったためか、調味料というよりおかずのひとつとして楽しまれ、調味料として確立するのは平安時代に入ってからだといわれています。

魚を使った醤はのちに魚醤や塩辛となり、野菜を使った醤はのちの漬物に、穀類を使った醤はのちに醤油や味噌となります。また平安京には醤店・末醤店があり、醤を発展させた「末醤」がのちに味噌となったそうです。

しかし、これらの調味料が庶民に広まるのは、安土・桃山時代以降。平安時代において醤は、貴族が楽しむ高貴な調味料でした。

味は二の次?平安時代の調味料

平安時代は、遠方から平安京への新鮮な肉や魚の運搬が難しく、貴族の間では乾燥させたり塩漬けにされた保存食が、多く食べられています。調理も現代のような味付けはなく、塩分がきつかったり、料理によっては味付けがされずに火を通しただけの品もあったそうです。

また、当時の貴族の食事は、品数豊富で豪華なものが良いとされていて、味を求めるのは無粋とされていました。素材の味を楽しむ料理といえば聞こえは良いですが、決して新鮮ではない食材や保存食を使った料理において、四種器に盛られた調味料は「食の救世主」と呼んでも良かったのではないでしょうか。

貴族に愛された調味料は改良を重ね、やがて大量生産できるようになり、庶民の胃袋と心を満たしていきます。そして再び改良された調味料が、後世に伝えられていきます。私たち現代の調味料には、脈々と受け継がれてきた人々の愛と知恵が込められているのです。